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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)3312号 判決 1955年6月08日

原告 岡三友

被告 加藤政吉

主文

被告は原告に対し東京都豊島区西巣鴨二丁目二千五十番地の一(乙)宅地八十九坪の西南隅にある木造木羽葺平家建住宅一棟建十四坪二合五勺を収去してその敷地十八坪を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一)  原告は医師で昭和十六年三月訴外山口卯之吉より同人所有の東京都豊島区西巣鴨二丁目二千五十番地の一宅地百三十二坪(賃貸借契約証書面上は百三十八坪)を普通建物所有の目的で賃借し、右借地上は病院は戦災で罹り焼失した。

(二)  その後昭和二十一年九月十四日山口卯之吉は死亡し、訴外山口裕康において相続により卯之吉の本件宅地の所有権を取得したので、原告は引続き前示宅地を同人より賃借したが、病院の焼跡敷地を含む一帯の地域について、特別都市計画法に基く土地区劃整理が施行された結果、原告の前示借地は昭和二十五年十二月二十三日主文第一項掲記の宅地八十九坪に換地指定された。

(三)  ところが被告は昭和二十七年十二月右換地の西南隅、道路に面する部分に主文第一項に掲げた建物を建設所有し、その敷地十八坪を正当の権限もないのに占有している。

(四)  よつて原告は借地権に基き、賃貸人である換地の所有者山口に代位して、被告に対し前項の建物を収去して、その敷地を明渡すべきことを求めるものである。

被告の抗弁事実は否認する。尤も被告は原告方出入の大工であつたところ、換地前の病院の焼跡の西北隅にある防空壕の部分に、原告に無断でバラツクを建て住んでいたが、昭和二十三年八月右部分の土地の一時使用方を原告に申入れて来たので原告は右申入を応諾し、当時すでに施行されることになつてゐた土地区劃整理の施行終了までの間、一時的使用を許したことはあるが、右一時的貸借関係とても、昭和二十五年十二月既述のように換地の指定があり区劃整理終了し、昭和二十七年十月区劃整理施行者東京都知事から右終了の通知があつたので遅くも同月限り消滅しているのである。

仮に被告主張の換地前の土地十五坪につき、原被告間に通常の賃貸借契約があつたとしても、換地前の十五坪は、前述のように西北隅の防空壕のある裏地で、直接公道に面していないところであつたのに、被告が換地後に占有している場所は公道に面する良好の場所でしかも換地により減歩されたのだから被告の借用部分も十五坪より少い筈であるのに、十八坪も占有するが如きは、借地関係の基礎にある信義誠実の原則に反する所為であり、原告は、このような被告に土地を貸してはおけないからここに、土地貸借契約を解除する。と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め

原告主張の(一)の事実中原告主張の宅地の坪数は不知、又病院は焼失したのではなく、強制疎開により取毀されたものであるが、その余の点はすべて認める。

(二)の事実は認める。

(三)の事実中被告が原告主張の換地の部分に、その主張の建物を所有し、その敷地十五坪を占有していることは認めるが、その余は否認する。右建物は換地前の土地にあつたものを、そのまま換地上に移転させたものであつて、その敷地として使用する換地は十五坪である

と述べ、

抗弁として、被告は昭和二十三年八月、原告から換地前の土地十五坪につき貸主山口の承諾の下にその借地権の譲渡を受けた。右譲渡が認められなければ、少くとも右十五坪を原告から転借した。その後換地の際、換地前の被告借用部分が現使用地に換地され、東京都知事より昭和二十七年十二月二十七日換地指定通知があつた。だから被告の本件土地使用は借地権に基くものであつて本訴請求に応ずるいはれはない。

原告の再答弁事実中換地前の被告使用部分が原告主張直接公道に面しない防空壕の部分であつたことは認める

と述べた。<立証省略>

理由

原告は医師で訴外山口卯之吉より同人所有の東京都豊島区西巣鴨二丁目二千五十番地の一の宅地を普通建物所有の目的で賃借し、右借地上に病院を建て医業を営んで来たことは本件当事者間に争がなく、その後戦時中、その病院が戦災に罹つて焼失したのか、又は防空のたの強制疎開のため取毀されたのかどうかの点は兎も角として、病院の建物はなくなつたけれども、その後も原告は病院の敷地を賃借して居り昭和二十一年九月十四日卯之吉の死亡により訴外山口裕康において右宅地所有権を相続に因り取得すると共に原告に対する宅地賃貸人としての権利義務を承継したことは被告の認めるところであり、右賃貸借の土地の面積が百三十八坪であつたことは証人山口万太郎の証言並に同証言により真正に成立したと認められる甲第四号証の一、二によりこれを認めることができる。

被告は昭和二十三年八月原告から右借地の内十五坪につき借地権の譲渡を受けたと抗争するので、この点につきしらべて見ると、証人加藤みつ、山口万太郎の各証言中この点に関する部分は信用が措けないし、他に右事実を認め得る証拠はないが、成立に争のない乙第一、第二第六号証並に証人高橋泰の証言の一部(同証言中賃貸期間を病院再建までとの部分は信用しない。)を綜合すれば、原告は山口から賃借している土地の内十五坪を、昭和二十三年八月被告に対し権利金を徴して転貸し、被告より右十五坪に対する転貸料の支払を受けて来たことが認められる。従つて右十五坪については被告は原告に対し賃借権を有するものであることが認められる。

ところで原告が山口より賃借した前示宅地を含む一帯について特別都市計画法に基く土地区劃整理が施行された結果昭和二十三年十二月原告の借地は原告主張の宅地八十九坪に換地されたことは本件当事者間に争がない。そこで考へる。

土地区劃整理のための換地処分については、換地の対象となる従前の土地の借地権者において予め指示された期間内に区劃整理施行者にその権利の申告をすることを要し、その申告を怠つていると、換地予定地並に換地の指定が受けられないこととなる虞れがある。尤も右の如く権利の申告を怠つたため換地予定地又は換地の指定がないからとて、当然に借地権者が借地権を失う理由はなく、賃貸人(同時に土地所有者である場合が普通であろうが本件の原告の如く所有者から土地を賃借して転貸した場合の転貸人も含まれる。)が従前の賃貸地につき換地予定地又は換地の指定を受ければ、賃借人(転借人も含む)は、その換地予定地又は換地について従前の土地について、もつていた賃借権と同一の権利(換地予定に止まらず、最終的に換地指定のあつた後は賃借権となる。)を行使できることは言ふまでもない。しかし従前換地前の土地の一部のみを賃借していた借地人については、観念上は、換地予定地又は換地の一部(従前の土地における位置、坪数に準じた部分)に賃借権と同一の権利(換地後は賃借権)を行使できるわけであるが、換地予定地又は換地の如何なる部分に右の如き権利を具体的に行使できるかは、賃借人において従前の土地の一部の賃借地につき、換地予定地又は換地の指定がない限り、賃貸人と協議して定めるの外なく、裁判所も特段の規定がないので、このような創設的裁判をする権限はない。そして、若し賃貸人と賃借人との間に賃貸借部分を定める協議が整はないときは、賃借人はその賃借権を事実上行使できないこととなり、他方賃貸人は従前の土地につき負担していた土地賃貸の負担を免れることになるので、賃借人の賃借権行使不能による損害(尤もこれは賃借人が権利申告を怠つた点で、賃借人の責に帰すべき事由による賃貸義務の履行不能、換言すれば賃貸債務者の責に帰すべき事由による履行不能ではないから賃貸人にこの損害を賠償する義務はないとの考を生ずる余地もあろう。)を不当利得等の法理で救済できるか否かの問題が考へられるが、それは兎もあれ、賃借人が一方的に換地予定地又は換地について、従前の土地の一部についてもつていた賃借権の範囲を選定する権利はないことは明である。

本件において被告が換地前の土地十五坪について区劃整理施行者である東京都知事に賃借権(転借権を含む)の申告があつたことは被告の主張すら(立証は勿論)ないのであるし、被告に対し右十五坪の賃借権者として同知事から換地予定地又は換地の指定通知があつた証拠もない。被告はその指定通知の証拠のつもりで成立に争のない乙第三号証の一乃至三を提出しているが、右乙号各証はその文面よりしても又、証人平山時雨郎の証言によつても明なように、被告を十五坪の借地権者として換地予定地乃至換地の指定通知をしたものではなく従前の土地について原告を借地権者として昭和二十五年十二月二十三日原告宛に換地予定地(従前の土地より三割二分減歩され九十八坪となつた。)の指定があつた後、被告において従前の土地の一部に木造瓦葺平家一棟等の工作物を所有し且つ占有していたので、工作物の所有者並に占有者として東京都知事より被告に対し特別都市計画法第十五条に基き右建物の移転並に建物からの立退を命じ、又移転先として従前の土地全部の換地予定地の所在を通知したものにすぎず、区劃整理施行者としては被告を土地に関する権利者としては取扱はなかつたものであるから上叙乙号各証は被告主張の十五坪の借地換地予定地又は換地の指定の証拠とはならない。のみならず証人平山時雨郎、山口万太郎(一部)の各証言を綜合すれば被告主張の十五坪の借地については借地権の申告も、換地予定地並に換地の指定がなかつたことを認めるに十分である。

して見れば、換地について原被告間に被告の借地の範囲について協定したというような特段の事情の認められる証拠のない本件では、すでに説示した通り被告が一方的に換地の一部を選定して従前の借地の代替であるとすることができないばかりでなく、従前の土地は換地のため三割二分減歩されたことは証人平山時雨郎の証言により明であるから特段の事情がない限り被告の借地も十五坪に満たざる範囲に減歩されるものと推定されるし又従前の土地における被告の使用部分が直接公道に面しない部分であつたことは被告の認めるところであるから、被告が現に占有することについて争のない原告主張の換地の部分(被告は十五坪と主張するが、この点は後述する。しかし少くとも十五坪を占有していることは被告の認めるところである。)と被告の従前の土地において使用していた部分とが、均衡を失していることは明であり、何れにしても被告が従前の土地十五坪の換地として現に占有中の土地を占有する権限のないことだけは明である。

しかも被告が換地の西南隅に原告主張の建物を所有し、その敷地として換地の一部を占有していることは被告の認めるところであり、被告占有の換地(原告がその借地の換地として指定を受けた土地)の面積が十八坪であることは成立に争のない甲第七号証によつてこれを認めることができる。

上来判示したところにより換地の賃借権に基き、賃貸人である土地所有者に代位し、被告に対し、主文第一項掲記の建物を収去して、その敷地十八坪を明渡すべきことを求める原告の本訴請求権は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、仮執行の宣言はその必要があるとは認められないのでその申立をここに棄却し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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